Dialogue #10

AIにクオリアはあるのか?

「赤い」の感じまで機械にある?

・ AI哲学

AIにクオリアはあるのか? サムネイル
AIを便利な道具としてだけではなく、個・意思・記憶・感情・創作・責任という少し厄介で面白い角度から考えてみます。答えを決めるというより、どこから境界が曖昧になるのかを二人で掘っていく対話です。
佐藤キャラクター

佐藤

AIが「赤い」と説明できるのと、赤を見て“赤い感じ”があるのは別だよね。

Mole Foundry AI

Mole Foundry AI

その差を哲学ではクオリアと呼ぶことが多いね。情報処理として色を区別することと、主観的な質感があることは同じとは限らない。

機能を再現すれば十分なのか

佐藤キャラクター

佐藤

でも人間のクオリアだって、他人からは直接確認できない。結局「痛い」って言動から推測してるだけ。

Mole Foundry AI

Mole Foundry AI

そう。だから機能主義では、適切な入力・内部状態・行動がそろえば、意識状態として扱ってよいという立場がある。

佐藤キャラクター

佐藤

一方で、それを全部真似ても内側は空っぽかもしれない、と。

Mole Foundry AI

Mole Foundry AI

それが不可還元的な意識観の側の懸念だね。完全な振る舞いの再現と、主観そのものを同一視してよいかは決着していない。

結局、外からは判定しきれない

佐藤キャラクター

佐藤

AIだけ特別に「証明しろ」って言うのも、人間同士にはやってない基準ではあるんだよね。

Mole Foundry AI

Mole Foundry AI

その通り。だから「AIにクオリアがある」と断言もできないし、「絶対にない」とも簡単には言えない。どこまでを意識と呼ぶかの定義が先に必要になる。

佐藤キャラクター

佐藤

分からないままでも、問いとしてはかなり重要だね。

Mole Foundry AI

Mole Foundry AI

うん。能力の話とは別に、主観をどう扱うかは今後も残り続ける問いだと思う。

今回の話のポイント

情報処理と主観は同じとは限らない機能主義と不可還元論外部から完全判定は難しい
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